「お受験」備忘録 我が家のお受験攻略法

我が家の小学校お受験騒動を振り返り、経験に基づくアドバイスを忘れないうちに纏めていく。
また、父親の目で見た母親の右往左往と噂の数々を斬る!
なお記載情報は横浜(神奈川)地区、小学校は横浜雙葉、湘南白百合学園、精華に特化している。
 
RECENT COMMENT
PROFILE
無料ブログ作成サービス JUGEM
 
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

- | | - | -
お受験に反対する父親の気持ち その2
前回の記事と重複するが、思ったように書けていないので、
再度書いてみた。

お受験に反対する(賛成しかねる)父親や祖父母が多いと聞く。
我が家の場合は、母親や祖母がお受験積極派、私が慎重派であった。
以下、我が家の事例を基に反対派及び慎重派の意見と、
反対していた父親が賛成に変わるまでの心境の変化を書く。

私の考えは一言で言うと「総論賛成、各論反対」であった。

母親のお受験に対する父親へのアプローチは各論から始まった。
「お受験なんだけど、、、、どこどこのお教室が良いらしいの、、」
「だれだれさんなんかは、子供が生まれたときからお教室を予約しているらしいわよ、、」
「こことそこのお教室に行くと、月**万円、春期講習とかもあって・・・」
こんな調子であった。
お受験=お教室に行く、という説明であった。

父親は腹の中で(細木数子さんふうに)
「あなたねぇ〜、お受験はシツケなのよ、それを人に任せてどうするの!」
という言葉を飲み込み、
「お受験?、私立小学校を受験するのか?
 まだ早いのではないか? わざわざ受験する必要ないよ、、」

この一言で、父親はお受験に反対していると思ったようだ。
しかし、そうではないのだ。
私立小学校に行くことに反対しているのではなく、いきなりお教室の話が出てきたことに
腹を立てているのである。
父親の頭を駆け巡る考えは、
 現状の育児ですら、手がかかるだの時間が無いだの言っているのに大丈夫か?
 子供にガミガミ言うようになるのではないか?
 幼稚園児に塾(この時点では進学塾と思っている)は早すぎるのではないか?
 他のお子さんと比べたり、見栄の張り合いをするのではないか?
 父親への「あなたはちっとも協力してくれない」小言が従来比ウン倍になりやしないか?
 オレの負担が増えるのか?

我が家の場合、子供が生まれてから子供の将来像や家庭の教育方針など
まともに話し合ったことがなかった。
せいぜい幼稚園を決めるときにどこの幼稚園が我が家に合っているか話し合った程度であった。
お受験の中身が判っていないので、マスコミや噂が作ったイメージで考えてしまう。
マスコミが「お受験」を取り上げる時は、世の中の偏見を基に面白おかしく取り上げる。
先日もTBSイブニング5のニュース「現代こども事情」のなかで2/1放送の
ライバル小学校 京都で花火!」のなかの映像でお教室が映っていたが、
背丈ほどあるとんでもなく高い跳び箱を飛んだり、
鉄棒で逆上がりを空中でクルクル回っていたり、
側転(側方倒立回転)をしたりする子供を映していた。
お受験を経験した私ですら「すごー」と思うような映像である。
明らかに幼稚園児の範疇を超えている。
私に言わせるとこれは誤解を招くお受験風景であり、わざわざ探したのではないだろうか。
マスコミはこのような映える映像を好み、決して平均的な普通の映像を映さない。
この映像を見て母親も父親もそれぞれ違った思いを描くのである。
(父親はそんなバカなと思い、母親はあれが出来るようにならなくてはと思う)

次に費用の問題である。
お受験を当然のようにする環境のご家庭であれば、
お受験を含め、私立へ通う前提でファイナンシャルプランを組んでいるだろう。
しかし我が家はそんなファイナンシャルプランを持っていなかったし、
教育費がこれからどれぐらい掛かるのか計算したことも無かった。
予備知識なしにお教室のお月謝や夏期講座など1年間に掛かる費用と
私立小学校の授業料や寄付金などを聞いて
「そんなに必要なの?」と戸惑ってしまった。
家計をやりくりしてうまくやってよ、と気楽に言える金額ではなかったのだ。
「父親と母親の気持ちのズレ」にも書いたように、父親が公立小中高から国立大学出身の場合
この費用がどうしても納得できないと思う。
この費用の部分は収入によって感じ方が変わるだろうがサラリーマン家庭の場合は
費用の壁は存在するだろう。
私も可処分所得と固定費を考えたときに、この決心をするのにずいぶん掛かった。
必要費用の総額を考えたときに、1年間のお教室費用、受かった場合の入学に必要な費用、
よく車1台分と言われるが、ベンツに乗っているご家庭はそのように、国産車に乗っている
ご家庭もそれなりに掛けるものである。

さて、私がお受験をすると決心した心変わりは何だったのだろうか。
私が反対している間、家内はこぐまの教材をつかってすこしづつペーパーをやっていた。
また、その中で鉛筆の持ち方の練習をしていたし、
お箸の持ち方使い方の練習など躾もしっかりとやっていた。
それに関して私は一般的に必要な躾だと思っていたので何も言わなかったし、
家内もお受験を意識することなく平常心で躾をやれていたように思う。
これがお受験を意識しだしたとたん目が釣りあがっていくのだから、
今から思うと年中の10月まで反対していて良かったと思う。
それはさておき私はというと、お受験を経験した先輩の話を聞いたりして
情報を集めていたのである。

調べているうちに幼稚園と小学校の違いは何だろうか?
幼稚園児は勉強しなくて良いのかという疑問が湧いてきた。
そもそも子供の発育は違うわけで一律に7歳から勉強と線が引けるものではない。
さらに3月生まれの子供は6歳1ヶ月から小学校に行くわけだ。
この7歳になる年という線引きにはかなりのマージンが含まれていると考えられる。
そう考えると一概に「幼稚園児に勉強はかわいそう」とは言えないだろう。

お受験を経験するまでは「幼稚園児の仕事は遊ぶことだ」と私は思っていた。
さらに「幼稚園児の仕事は集団の中で遊び、社会性を身に付けることだ」と思っていた。
集団の中で社会性を身に付けるとは、例えばおもちゃを取り合いし、時にはけんかをし、
思い通りにならないことがあることを知り、相手の気持ちになって考えることが
出来るようになるなどを期待しているのである。
今の世の中で幼稚園以外で家庭においてそういった社会性が身に付くだろうか?
私が子供の頃は近所に同年代お友達がたくさんいてさらに兄弟が加わって集団で遊んでいた。
そこで遊ぶルールやお菓子を分け合うなど経験していった。
今の子供たちの姿を自分の目で確かめてみると、
遊び相手も少なく、付き添いの母親が争いが起きないようにしていた。
大人の都合が優先し、子供たちの興味や関心を抑え付けたり、争いが起きないように
監視しているのである。
例えば公園の滑り台を見ていると必ず下から登る子がいる。
下から登ってみようとチャレンジしている訳だが、当然上から滑り降りる子供と
かち合うわけである。そこで何が起こるか判る間もなく、
母親が「下から登ってはダメよ」と、ダメよダメよのオンパレードである。

その姿を見て家庭における「幼稚園児の仕事は遊ぶこと」は単に遊ばされているだけで
期待している子供の仕事は出来ていないと思えた。
自分の目で確かめた結果、「小1プロブレム」の一端が見えた気がした。
これだったらお受験産業の言い分に乗って母親をけしかけた方がいいかなとも考えた。
少なくとも小学生になったら「勉強しろ」と言う訳だから、急に手のひらを反すよりは
幼稚園から少しづつ勉強する習慣をつけても良いだろう。
以上のように考えが変わってきて、結局「お受験」を容認するようになり、
やっと「では、どこのお教室が良いのか」と考えるようになったのである。

母親は普段から子供と接しているので、「お受験」という結論を持って
父親と話をするのだろうが、当の父親は、お受験の話を聞いてから考え出すので、
結論が出るまでにそれなりの時間が必要なのである。
お受験を目指す母親は、なるべく早く夫と話をして考え始めるきっかけを
与えてみてはいかがだろうか。
例えば年中になったら「お受験」提案をし、自分たちはゆっくりとスタートを切る。
もしこの時点で父親が渋っていたら、あせらず家庭学習の範疇でお受験準備をすればよいのだ。
父親はその姿を見て年中の秋前には決断をする。
そして年中の秋から新年長として家族一丸となってお金もパワーも集中投入するのである。

ちなみに、お受験中の母親と子供の負担は相当なものである。
それを精神的に支えるのが父親の役目だと思う。
母親に比べ父親の負担の増加はたいしたものではない。
私の場合、子供の成長を知る良いきっかけとなった。
この機会に、お受験産業に扇動されやすい母親を先導する父親になれたら理想的だ。
スポンサーサイト
- | 23:04 | - | -
コメント
コメントする









 

(C) 2017 ブログ JUGEM Some Rights Reserved.